余多歩き―菊池山哉の人と学問 2004/前田 速夫 (著) 晶文社 菊池山哉と「土偶を読む」がまんざら無関係でもない
いくつもの日本に向かう新しい民俗学の原点。白山神こそ日本の原住民の信仰ではなかったか。被差別の地をくまなく歩き、前人未踏の学問をうちたてた知られざる民間学者を描く評伝。
菊池 山哉(きくち さんさい、1890年10月29日 - 1966年11月17日)は、東京府出身の郷土史家、土木技師、政治家(東京市会議員)。本名菊池武治。
1890年10月29日 - 東京府府中驛字新宿(現:府中市宮町)に生まれる。1904年 - 府中町立高等小学校を首席卒業。1906年1月まで私塾至誠学舎と原田塾に通い、数学と漢学を修める。2月に工手学校(現在の工学院大学)の土木予科に入学。
1908年、東京府雇の技手判任官となる。1912年、東京府を退官し、東京市役所河港課に転じる。同年、東京人類学会と歴史地理学会と考古学会に入会。1916年、河港課護岸堤防設計ならびに検査主任となる。1923年、自費出版した『穢多族に関する研究』が全国水平社から差別図書とされ、糾弾を受ける。同年、関東大震災発生。公園課の職員として救援活動に尽力し、東京市長から感謝状を受ける。同年、東京市を退職。
↑この1910年ごろ、八王子市恩方で土木技師として測量作業に当たっていたとき、土地の人からアユをもらった。「そんなもの捨てなさい、いくらでも私が取ってあげるから。案下(あんげ)の人間は筋が悪いんです…」と言われ、当惑した。
菊池山哉が常人と違うのはここからである。休日に、その案下の里へ行ってみたという。何も変わりはないことに、2度当惑。「筋が悪い」とはどういうことか?
友人に「人類学雑誌」にそういう記事が載っているというアドバイスをうけその後、研究に専念するようになった。
27歳の若かりし頃の横井清の菊池山哉評が面白い。
横井 清(よこい きよし、1935年10月31日 - 2019年4月7日)は、日本中世史学者。
中世民衆史を専攻し、差別、穢れなどの問題を実証的に論じた。
「部落史研究の一つの遺産」と題され、菊池山哉の「日本の特殊部落」の書評として書かれた。(「部落史問題研究」昭和37年)
菊池山哉の「辛労に満ちた全国実地調査の生々しい足跡」に惹きつけられたのみならず、文献資料、調査結果、仮説的問題提起等についても多大な示唆を受けたとして、「読み出したら手を離せない魅力を備えている」と、率直に表明した上で、別所、白山権現、花祭りのくだりに特に関心を寄せたと述べる。
しかし、問題なのはここからであると本書、前田氏は書く。
にもかかわらず、あるいはそれゆえにこそ、「この大著が、いったい何のために存在し、著者のそのたぐいまれなる情熱は何処から何ゆえに迸り、そして何処へ立ち返るのであろうか」と、根本的な疑問を発しているのを、私は見過ごしにはできない。
「何のために存在し」とは随分な言い回しで((笑))、たぐいまれなる情熱は、同じ日本人なのに、「筋が違う」と差別される人々が存在することへの根本的な疑問を発し、それがとんでもない誤解、歪曲であるのみならず、不当な圧迫であったことを証明するだけにとどまらず、むしろ従来は隠蔽され、タブー視されてきたその「特殊部落」を貴重な手掛かりとして、日本全史を有史以前から徹底して見直そうとする壮大な試みとしてほとばしり、結果は常に、純然たる学問上の探求に立ち返っていったのである。
↑著者・前田 速夫氏の意見に全面的に同意する。
在野の民俗学研究者の菊池山哉は『穢多族に関する研究』(1912年・発禁本)で異民族起源説を唱え、『日本の特殊部落』(東京史談会・1961年)において、全国約215カ所の「別所」を大和王権による俘囚の移配地と見て、別所を起源の一つとする説を提唱した。「朝廷勢力と戦い続けた古代東北の蝦夷が強制的に移住させられて賎民にされた。被差別部落のルーツの一つは古代東北の蝦夷である」とする菊池説は歴史学や民俗学の専門家から黙殺されたが、1990年代から再評価する動きが出てきた。「別所」の俘囚移配地説について柴田弘武が『鉄と俘囚の古代史』(彩流社・1989年)などの研究を行っている。柴田はさらに約300カ所の別所を析出し、計約500カ所の別所を検討した結果、「菊池の説は動かし難いと思う」と述べている。少なくとも被差別部落の一部は別所を起源とするとの見方がある。
土偶を読む――130年間解かれなかった縄文神話の謎 – 2021 竹倉 史人 (著) 晶文社について、またその反論の書について、2回ばかり書いたが、
菊池山哉に対する横井清の態度と、「土偶を読む」の竹倉氏に対する、アンチ「土偶を読む」派の態度が似ていると感ずるのは私だけか。
本書をぺらぺらとめくっていて、菊池山哉と「土偶を読む」がまんざら無関係でもないところに目が留まった。
238ページ。三、白山神と石器時代の土偶 土偶土版の出土分布 一方、土偶土版の出土は東日本に限られ、これは白山信仰の区域と合致する。
石器時代土偶土版分布図略図。昭和10年、立正大学考古学会発行。
併せて読みたい
土偶を読む――130年間解かれなかった縄文神話の謎 – 2021 竹倉 史人 (著) 晶文社
日本原住民と被差別部落 2009/菊池 山哉 (著), 前田 速夫 (編集)河出書房新社
その直観力と、徹底したフィールド調査で、被差別部落研究に圧倒的な足跡を残した在野の碩学の、郷土史から考古学、民俗学、宗教学を結ぶ、壮大な構想のエッセンス。別所、白山神社、雑色村などの起源に迫る。前田速夫編。
鉄と俘囚の古代史 《増補版》 蝦夷「征伐」と別所 柴田弘武 (著) 彩流社 (1989/9/1)
全国「別所」地名事典(上) 大型本 – 2007/11/1柴田 弘武 (著) 彩流社
古代史の真相に迫る、かつてない「地名」事典!「別所」―全国に遺る621ヵ所の地名を悉皆調査。「蝦夷征伐にともなう俘囚移配の主目的は、彼らを製鉄をはじめとした金属工業生産に従事せしめる為であった」という説を実証。古代王権に敗れ、歴史に埋もれた産鉄民の姿に光を当てる。621ヵ所の別所地名を中世の国別区分で編集。地図(約500点)、写真(約1250点)収載。巻末資料として「平成の大合併」により失われた地名と現在の地名対照表、全国別所地名一覧表を付す。